暮らしの根

生活をする場所、暮らす場所について考える。

それは自分が暮らす場所であるとともに子どもが成長する場所でもある。言うまでもなく、生活、成長にとって環境は大きな影響を与えうるファクターである。

環境は主体的に選ぶべきであり、選ぶことができる。では、どのような環境を選ぶのか。

一言で言えば、「幸福」なのだけど、そう単純ではない。居住環境、労働環境、教育環境、人間環境、細分化するとこういったところが挙げられるだろうか。

それぞれのファクターを単純化してみる。

居住環境、雨風をしのいで寝て食べる場所は最低限必要だが、そのための場所は所有していなければ借りる必要がある。所有していれば環境を手に入れるためのコストは少なくて済む。(所有していても維持管理のためのコストはかかる)コストのことに触れたが、居住環境の充実という視点も重要であり、それを単純に実現させてくれるのは「自然」環境であるという気がする。これは現状の居住環境に「自然」が不足していると感じているからなのかもしれない。

居住環境については自然に囲まれ最低限雨風がしのげる環境で出来るだけコストを抑えた形と仮定する。

労働環境、労働は充実(生きがい)と収入という点が思い浮かぶ。充実については単純化すると「やりたいこと」となり、自己欲求と自己実現と言える。誰かを幸せにすること、そのきっかけが建築であるというのが、自分の経験、知識、能力から言えることだが、幸せにする誰かの顔が見えている仕事がしたい、というのが今の自分の心境だ、誰かとは、個人かもしれないし、広げて地域ということも言える。収入は目的が伴い、居住環境が実現さえすれば、引っかかるのは子どもの将来ということになるが、パートナーと協働していくことが出来るので、最低限あるべきもののハードルは下がる。

教育環境、色々な人に囲まれる、ということを大切にしてあげたい。親子だけで暮らすと、友達などと交流する機会はあるとしても、やはり限界がある。親子だけで暮らすのではなく、それ以外の人とも暮らし、家に他人の出入りが多い状態が理想的なのかな、と思っている。学業はあまり重要視していなくて、自分の個性と価値観を磨ける環境であればよく、目標が見つかってから、必要であれば学業は磨けばいい。自然からも学ぶことが多い。教育には刺激が必要なように思うが、環境から直接得られる刺激は限界があるので、情報技術などを駆使して、外を見る目を持ってもらっていれば良い。

人間環境、ここまでにも触れているが、自分のことと子どものことを両方考えても色々な人と深い付き合いが出来る方が良い。人との距離感が近いコミュニティに所属するのがいい。

淡々と書いてきたが、簡単にまとめてしまうと、自然と人に囲まれて有意義な仕事ができる場所がいい環境という当然のことになるんだが、便利な暮らしみたいなことは優先されないこと、周りに人がいる環境がいいと感じていることが何となくわかった。